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シンガ−ソングライタ−と「原発」―そして、炭鉱、沖縄……

2018/02/01 13:23/シンガ−ソングライタ−と「原発」―そして、炭鉱、沖縄……

 「『平時』の原発はこんなふうに動いていた!」というサブタイトルに目を奪われ、著者が30代の女性シンガ−ソングライタ−だと知って二度、びっくりした。原題はずばり『原発労働者』―。「ゼロから原発を考え直すために、ひとりの音楽家が全国の原発労働者を訪ね歩き、小さな声を聴きとった貴重な証言集」と帯にある。寺尾紗穂さん(36)がそのご当人である。2年前、当時34歳の時に本書を書くきっかけになったエピソ−ドを紹介している。2003年、友人に誘われ“ドヤ街”と呼ばれる、東京・山谷の夏祭りに参加した時のことである。彼女はこう書いている。

 

 「『君の大学の校舎を建てたよ』という坂本さんというおじさんと出会った。いい校舎だな、誰が設計したんだろう、そう思うことはあっても、誰が校舎を作ったんだろう、という問いはそれまでの自分には浮かぶことがなかった。まるで校舎は最初からそこにあったものであるかのように、そこで汗を流した人たちのことが完全に思考から抜け落ちていた」―。そのしなやかな想像力の躍動にまず、感動した。「きっかけはある日突然訪れた」と寺尾さんは続ける。「その日は突然思い出したのだ。そういえば、原発で働くと被曝する、って聞いたことがあったっけ。本当なんだろうか。本当だとして、どの程度深刻なものなのだろう、と。山谷、土方、日雇い、ドヤ街、そして原発。すでに無関心ではいられなくなっている自分がいた」

 

 「原発の日雇いで/放射能で被曝したおじさんが/虫けらみたいに弱るのを/都会の夜は黙殺する/私は知らない/人を救うすべを/私は知らない/なんにも知らない/私は知らない/きれいな未来を/あるのは泥のように/続いていく日々/泥の上に花を咲かすそのすべを/私は知らない/私は知りたい」―。寺尾さんは「私は知らない」というアルバムの中でこう歌っている。『闇に消される原発被曝者』(樋口健二著)に触発され、あっという間に書き上げた。東日本大震災に伴う福島第一原発の爆発事故の前年のことである。「3・11」をまたいだ”原発取材“は全国各地に及んだ。

 

 「炉心屋は真夜中にデ−タを書き換える」、「ボヤは消さずに見て見ぬふり!!」、「アラ−ム・メ−タ−をつけていたら仕事にならない」、「燃料プル−ルに潜る外国人労働者?」、「原発施行者が一番地震を恐れている」、「定期検査の短縮で増える点検漏れ」…。原発最前線の生々しい証言がつづられている。そのうえで、寺尾さんはこう書く。「チェルノブイリや福島のような大事故となった非常時の原発ではなく、『平時の』原発で働き、日常的な定期検査やトラブル処理をこなしている人々だ。彼らの視点に立つことで、社会にとっての原発、ではなく、労働現場としての原発、労働者にとっての原発、といった角度から、原発をとらえなおしたい」

 

 この文章を読みながら、私は40年以上も前の自分と彼女を重ね合わせていた。私事にわたるが、『三井地獄からはい上がれ』という自著がある。「三池炭鉱爆発とCO患者のたたかい」という副題がついている。出版は奇しくも寺尾さんと同じ34歳の時である。昭和38(1963)年11月9日、福岡県大牟田市にあった三井三池炭鉱が戦後最悪の炭じん爆発事故を引き起こし、458人が死亡し、839人が一酸化炭素(CO)中毒という不治の病を背負わされた。「安保の敗北」(1月29日付当ブログ「ある保守論客の自裁死」参照)からわずか数年後のことである。大学出たての記者風情を一瞬のうちに打ち砕いてしまうほどの圧倒的な力で、この大災害は襲いかかってきた。本書はその実態を追ったルポルタ−ジュの形式をとっている。

 

 「近くて遠い現場」―。有明海の海底にクモの巣のように張りめぐらされた海底炭鉱の坑道は総延長が300キロ以上に及んでいる。CO中毒患者の救済を訴えた女たちが会社の制止を振り切って、坑底座り込みを敢行したことがあった。私も女たちから衣類を借り、”女装”して取材することに成功した。458人の死の現場はそのずっと先にあるはずだった。しかし、漆黒の闇が延々と伸びる地底の世界はまるで「不可視の領域」のように目の前に立ちはだかっていた。私はその時の光景について、当時こう書き記している。「ふと、思った。その空間を支配するものにとっては、無法と悪意が保障された自由の空間―それが『不可視』の領域ではないのか」

 

 寺尾さんが追跡した「原発」も周辺から遮断されているという意味では、炭鉱と同じ不可視の領域である。だからこそ、その現場に身置いた労働者の証言こそが「平時の原発」の実態を映し出す鏡になるのである。本の後半分で寺尾さんは真っすぐな気持ちを正直に吐露している。「この本は終わりを迎える。けれど、この本で明らかにできたことは、原発労働の全体からいえば、ほんの一部である。人を踏んづけて生きてきた、という感覚は消えるどころか、世間があの震災から興味を失うにつれ、強まっていく。今この瞬間も、私は人を踏んづけて生きている。そして、私が踏んづけている人々は顔のない人でも、意志のない人でもない。笑い、怒り、耐え、幸せを望む、普通の人間だ」

 

 「不可視」の領域どころか、衆人環視の下に開放された場所がある。たとえば、新基地建設が強行される沖縄県名護市の「辺野古」沖に広がる大浦湾―。周囲の目をあざけ笑うように、ジュゴンが生息する海面に埋め立て用の土砂が投下されていく。陸上では抗議する人々が次々に排除され、悲鳴と怒号か飛び交う。目の前に展開するこうした光景から、あえて目を背けようとする人間集団がいる。ヤマトンチュ(本土人)の多くがそう見える。まるで、日光・東照宮の「三猿」の態様…そう、「見ざる・聞かざる・言わざる」の三匹の猿たちを髣髴(ほうふつ)させる姿である。福島原発の悲劇を遠くに葬り去ったような…。

 

 米軍普天間飛行場(宜野湾市)の「辺野古」移設の是非が最大の争点である名護市長選挙は4日後の2月4日、投開票が行われる。国の”代理戦争”と言われる激しい選挙戦も、ヤマトンチュにとってはまるで「どこか」の出来事風である。

 

 

(写真はライブコンサ−トでピアノの弾き語りをする寺尾さん。エッセイストとしても活躍。東京大学大学院総合文化研究科に学士入学し、『評伝川島芳子―男装のエトランゼ』で修士号を得た=インタ−ネット上に公開の写真から)

 

 

 

2018/02/01 13:23
イーハトーブ通信|花巻市議会議員 増子義久

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