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「産めよ増やせよ」から強制不妊へ

2018/05/04 14:54/「産めよ増やせよ」から強制不妊へ

 

 「人間」が「人間」であるための基本原理―「生と死」がこれほどまでに弄(もてあそ)ばれた時代がかつてあったろうか。旧優性保護法(1948〜1996年)下、障がい者らに対して繰り返された強制不妊手術の実態が連日のように報道されている。しかし、そのわずか10年ほど前には逆に心身にハンディを抱える人たちも戦場に駆り出されていた事実はほとんど知られていない。そして、私たちはいま、少子高齢化という時代に立たされている。生と死が国家の管理下に置かれた時、人間の尊厳も同時に収奪されることを歴史は教えている。

 

 「父さんは益々丈夫で御奉公して居りますから安心してください」(4月20日付当ブログ「いつか来た道」参照)―。先の大戦で戦病死した父親から届けられた軍事郵便には判で押したようにこう書かれていた。検閲済みの判子が押されたこの文面と敗戦のわずか4ケ月後、シベリアの捕虜収容所で「栄養失調死」したという、この気の遠くなるような乖離をどう考えたらよいのか。一橋大大学院の吉田裕教授(日本近現代軍事史)はある軍人の証言を紹介している。「1944年以降に入隊した補充兵の年齢は、いずれも30過ぎの老兵で大半は妻子持ちであった。いとしい妻子を故国に残して来た身ゆえ、当然であろう。はたから見ても顔にも態度にも、ビクビクしたところがあり、お世辞にも強い兵隊とはいえなかろう」(『日本軍兵士―アジア・太平洋戦争の現実』)

 

 私の父親は敗戦前年、つまり1944年の夏、2歳と4歳と6歳の子どもと妻を残し、37歳で召集された。留守宅を気遣う文面のなどまるで、父親をモデルにしたような描写である。強制された軍事郵便とは裏腹に、ビクビクと怯(おび)えながら、兵役に服した姿がまぶたに浮かんでくる。1940(昭和15)年1月、「陸軍身体検査規則」が改正され、「身体または精神にわずかな異常があっても、軍事医学上、軍務に支障なしと判断できる者は、できるだけ徴集の栄誉に浴し得るよう、身体検査の条件を全般的に緩和した」(同書)。敗走に伴う兵力不足を穴埋めするため、“精神疾患”を持つ人たちも最前線に送られた。「根こそぎ」動員である。前掲書は以下のような悲惨な事例を紹介している。

 

 「彼は補充交代要員として、同地(浙江省杭州)に到着したが、原隊出発から同地到着の間に、ほとんど無口にして戦友と談笑せるが如きこと一度もなく常に孤独の状態にあった。部隊到着後もほとんど戦友と談笑することなく、4日目に自殺している。その後の調査によれば、本人は頭脳明晰を欠き、小学校尋常科第3学年を修了せるのみにして片仮名を書き得る程度であり、同地到着後に実施した知能検査でも、水準以下と判定されていた」―。同書はまた、「知能年齢最低5歳くらい」の知的障がい者70人からなる部隊の存在も明らかにしている。

 

 「不良な子孫の出生を防止する」―。こんな目的で旧優性保護法が制定されたのは敗戦からわずか3年後である。基本的人権を定めた新憲法下で、敗戦によって“用済み”となった精神障がいや知的障がいを持つ人たちは今度は“淘汰”(とうた)の対象となったのである。当時、議員立法の中心となった医学博士の谷口弥三郎(参院議員)はこう述べたという。「全然思慮をめぐらさず、本能のままに出産するとすれば、優秀者は減少する」。ナチス・ドイツが1933年、「遺伝病子孫予防法」を制定したのを受け、日本でも40年、「国民優性法」ができたが、手術の強制は認めていなかった。96年、「母体保護法」に改まるまでに不妊手術を強制された数は統計の残っているだけで1万6千人以上に上るという。

 

 「本当、良かったですよね。この結婚を機に、ママさんたちが『一緒に子供を産みたい』という形で国家に貢献してくれればいいなと思っています。たくさん産んでください」―。2年前、菅義偉官房長官が俳優の福山雅治さんと吹石一恵さんの結婚について、こうコメントして物議をかもしたことがあった。先の大戦を前にした1939(昭和14)年9月、当時の厚生省は「結婚10訓」なるスロ−ガンを定めた。ナチスの「配偶者選択10か条」を下敷きにした内容で、「お互に健康証明書を交換しましょう/悪い遺伝の無い人を選びませう/近親結婚は成るべく避けることにしませう」などと続き、最後の10番目は「産めよ増やせよ國のため」で閉められている。

 

 「一億総活躍」とか「子育て支援」などの美辞麗句の背後に、私などはある種の“底意”を嗅ぎ取ってしまいたくなる。たとえば、自衛隊の存在を明記する憲法改正と連動しているのではないのか…などと。「憲法カフェ」を主宰する弁護士の太田啓子さんはこう話している。「憲法や政治に関心を持つ人が少ないのは、将来への想像力が欠けているからかもしれません。それは、かつての私自身もそうでした。それが出産を経験し、子どもの成長を時間軸に考える『子ども暦』で物事を考えるようになりました。自衛隊をめぐる論議でも『子どもが大人になって、戦争に行ってほしくないな』と自分ごととして考えられます」(5月2日付「朝日新聞」)

 

 菅発言が「産めよ/増やせよ/國のため」と聞こえるのは、私の空耳のせいだろうか。「生殺与奪」(せいさつよだつ)は国家権力が最も手にしたがる欲望のひとつである。日本の敗戦によって、「結婚10訓」は多くの戦争遺児を産み落とすという皮肉な結末に終わった。私もその一人である。

 

 

(写真は裁判に持ち込まれた強制不妊手術=2018年3月28日、仙台地裁で。インタ−ネット上に公開された写真から)

2018/05/04 14:54
ヒカリノミチ通信|増子義久

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