「トドを殺すな、トドを殺すな/俺達みんなトドだぜ/おい撃つなよ、おい撃つなよ/おいおい俺を撃つなよ/そこの人!俺を撃つなよ」―。頭蓋の底にこびりついていた、まるで咆哮(ほうこう)とでもいうべき歌と旋律が突然、目を覚ましたようだった。「あの酔いどれ歌手がまだ、健在だったのか」と年甲斐もなく目頭が熱くなった。競輪評論家で絵描きでもある「友川カズキ(かずき)」(68)である。『週刊金曜日』(2月1日号)のロングインタビュ−で数十年ぶりに再会を果たした。1976年にリリ−スした「ドトを殺すな」を、友川は東北弁を使って吠えるように歌う。北海道・羅臼の荒れ狂う海がその歌の背後から立ち上がってくる。
秋田出身の友川は能代工業高校時代はバスケットボ−ルに打ち込み、その後、肉体労働を続けながら作詞・作曲を積み上げ、1970年代に衝撃的なデビュ−をした。ウイスキ−を飲みながらギタ−をつま弾く、その指先から弦が一本、一本と切れていく…こんな伝説を持つ友川の歌に出会ったのは40年近く前の北海道勤務時代。知床半島の付け根に位置する羅臼沖のオホ−ツク海には巨体を持て余すトドの群れが岩礁に寝そべっていた。漁師町の中心部に「海馬屋」を名乗る居酒屋があった。海馬、つまりトド肉を食べさせる店だった。お世辞にも美味しいとは言えなかった。片隅には何やら怪しげに「幸福を呼ぶヒゲ」と銘打ったトドのヒゲが土産用に並べてあった。トドの生首がイベント用に展示されたこともあった。
「海のギャング」―。漁網などを破り、魚を食い荒らすトドは漁師たちの嫌われ者だった。1960年代、有害駆除の名目で自衛隊が出動する騒ぎに発展した。航空自衛隊のF−86戦闘機による機銃掃射、さらに陸上自衛隊の重機関砲や小銃がトドの根城―”トド島”をめがけて発射された。しかし、実際は駆除に名を借りた射撃訓練だった。当時の新聞によると、3300発の砲弾がわずか15分の間に打ち込まれたケ−スもあった。ひょっとして「とどめを刺す」の語源は、ここに由来するのではないのかとさえ思った。NHKのロ−カルニュ−スは「春の風物詩」として報道した。「役にたてば善だってさ、役にたたなきゃ悪だってさ」と友川はイントロの部分でこう叫ぶ。「トドを殺すな」は生きとし生けるものに平気で銃を向ける時代に対するプロテストソングでもあった。
北の海に生息する「海馬」(トド)に対して、南の海を生きるのは「海牛」とも呼ばれる「ジュゴン」である。「ジュゴンを殺すな、俺達みんなジュゴンだぜ…」とひとり口ずさんでみる。かつて、トドが機銃掃射を浴びせられたようにいま、沖縄の「辺野古」新基地建設現場では大量の土砂がサンゴ礁の海に投入され、ジュゴンたちは行き場を失いつつある。いやすでに個体数が減っていると言われる。どうしたわけか、不意に映画「シン・ゴジラ」(庵野秀明脚本・総監督)のシ−ンが二重写しになった。トドもジュゴンも、そしてゴジラも…その受難が何か既視感のある光景として、脳裏に浮かんだのである。武器を向けられているのは、実は私たち自身に対してではないのか。
「巨大不明生物」(シン・ゴジラ)の正体は海底に捨てられた大量の放射性廃棄物を摂取して生き返った太古の海洋生物。存亡をかけた攻防が続けられ、ついに米国が主体となった多国籍軍による熱核(ミサイル)攻撃が実行に移されることに。結局、血液凝固剤を注入することによって、シン・ゴジラを「凍結」することに成功。首都圏へのミサイル攻撃はすんでのところで回避される―。友川はこうした時代の暗部をまさに予言的に歌い、いまも歌い続けているのではないか。「自他に抗(あらが)う―表現者のハシくれとして」というタイトルのロングインタビュ−で、友川はこう語っている。
「だからこの国は貧相なんだよ。政治だけじゃない。この民度の低さ、あくび出るだろ、つまらなくて。オレも含めて、悶々とするのはそこなんだよ。その自覚はあるんだよ。くだらないんだよオレも。最低だもん、だから許せない。そういう社会を許してる自分も許せない。でもそういう許せない自分に対して(自分が)生意気だからつらいんだよ。創造と破壊は、過激であればあるほど破滅に向かうのは自明なの。創造と破壊は同時進行だから。ずっと寂滅(じゃくめつ)、ずっと絶望」―
私の妻は昨年夏に旅立った。その亡骸(なきがら)を沖縄・石垣島のサンゴ礁の海に葬った時、島生まれの小学生の二人の孫たちが言った。「おばあちゃんは死んだんじゃない。ジュゴンに生まれ変わったんだよ」―。私(たち)は絶望しながらも、いや絶望しているからこそ、友川流に歌い続けなければならないのだと思う。「俺達はトドだ、俺達はジュゴンだ、沖縄の人たちはみんなジュゴンだ、そして俺達日本人はみんな(シン)ゴジラだ。俺達を殺すな!!妻も殺すな…」と―。
(写真はウイスキ−の水割りを飲みながら演奏する友川さんと絶滅が心配されるトド。アメリカとロシアでは絶滅危惧種に指定されている=インタ−ネット上に公開の写真から)