「彼我(ひが)を差別しないというその“平等性”こそが、むごたらしい差別の実相を白日の下にさらした」―。トランプのジョ−カ−(道化師)ではないが、米大統領の「コロナ」感染は妄想の射程を無限に広げてくれたという意味では最近にない「ブラックジョ−ク」(風刺)ではなかったか。最初は劣勢が伝えられる大統領選の逆転劇をねらった大芝居―「仮病」ではないかと思ったほどである。そうではなかった。「コロナ神」(私はこのところ、尊称を込めてこう呼ぶことにしている)は実は、白人至上主義者であるトランプ大統領の下で差別を強いられてきた「ブラック」の蹶起(けっき)を促したのではないか…そんな気がするのである。
「雇用や住宅、教育、健康などさまざまな面で、黒人をはじめとするマイノリティへの社会経済的不平等が新型コロナウイルスへの感染リスクや重症化リスクを高める要因となっている」―。米ブルッキングス研究所はコロナ感染による黒人の死亡率が白人の2倍以上にのぼっていることについて、こう分析している。コロナ禍のさ中の今年5月、ミネソタ州で黒人男性が白人警官に首を押さえられて死亡する事件が起きた。これをきっかけに人種差別や社会的格差に反対する「BLM」運動(ブラック・ライブズ・マタ−)が広がった。全米から全世界へ―とその伝播力はまるで同時多発的なコロナパンデミックの勢いを思わせた。
「私はアスリ−トである前に、1人の黒人の女性です。私のテニスを見てもらうよりも、今は注目しなければならない大切な問題がある」―。テニスの全米オ−プンで、2年ぶりに優勝した大坂なおみ選手(22)はこんなメッセ−ジを掲げながら、頂点を極めた。決勝までの7試合全部に黒人被害者の名前を記したマスクを着けて登場した。14歳の時、黒人少年が白人自警団に銃殺された事件を経験した。「彼の死が目を開かせてくれた」と語っている。ハイチ出身の父と日本人の母を持つ彼女の生い立ちを聞いていると、「やっぱり、おじいちゃんの血が流れているんだな」と思ってしまう。
北海道根室市に住む祖父の大阪鉄夫さん(75)は北方領土・歯舞群島(勇留島=ゆりとう)の出身で、日ロ間にまたがる“国境の海”を抱える根室漁協の組合長を20年以上にわたって務めている。だ捕の恐怖におびえながらの「密漁」やロシア側に情報を流して、密漁を見逃してもらう「レポ船」…。現役時代、この地を取材した私は領土問題(政治)の“人質”にされる国境漁民の苦悩を何度も聞かされた。大阪さんは昨年11月、孫娘のなおみさんを初めて、東端の納沙布岬に案内した。眼下に歯舞群島の島影がぼんやりと浮かんでいた。おじいちゃんは孫に対して、「国をまたいで生きる」ことの困難と勇気を教えたかったのではないか、ふとそんな気がした。
「文化担う人々への抑圧も見よ」という見出しの記事で、北海道大学のアイヌ・先住民研究センタ−の北原次郎太(アイヌ名・ モコットゥナシ)准教授はこう述べている。「文化を知ることは、相手に歩み寄るための一つの手段だ。その文化や担い手を抑圧する構造を見なければ、単なる消費や収奪となる。『黒人文化だけでなく、黒人も愛してほしい』というBLM運動から発せられる言葉は、アイヌの状況にもそのまま重なっている」(10月10日付「朝日新聞」)―
「黒人の命は大切」→「黒人の命も重要」→「黒人の命こそ大事」…。「Black Lives Matter」はその後、日進月歩の速さで進化し続けている。決勝後のインタビュ−での大坂さんの受け答えが印象深い。記者から「7回の試合で7枚のマスクを使いましたが、伝えたかったメッセ−ジは何ですか?」と聞かれ、「あなたが受け取ったメッセ−ジは何ですか?というのがより重要な質問です。社会が問題提起を始めることが意義であり、目標です」(総合スポ−ツ雑誌『Sports Graphic Number』9月14日号)と答えている。個々人が「自分事」として“思考”を続けることの大切さを、この未知なる脅威は私たちに伝えたかったのかもしれない。
アイヌの世界では病気のことを「パヨカカムイ」(徘徊する神)と呼ぶ。病気をまき散らすのもこの神に課せられた役割なのだという。私は「ムダな抵抗」を戒めた謂(い)いだと勝手に解釈している。“疫病神”扱いされているこのウイルスに対し、「コロナ神」という尊称を献上したいと思う所以(ゆえん)である。ひょっとしたら、アニメ映画「鬼滅の刃」の”鬼”って、コロナ神みたいなものなのかも…。あぁ、妄想が止まらない。百聞は一見に如(し)かず―
白人警官による黒人への殺傷事件が後を絶たない。根の深いこの問題に米国はどう向き合おうとしているのか。大統領選は2日後に迫った。
(写真は大きな反響を呼んだ大坂選手のマスク姿=インタ−ネット上に公開の写真から)