城址(しろあと)の/あれ草に臥(ね)てこゝろむなし/のこぎりの音まじり来(く)―。百年前、宮沢賢治はこんな短歌を詠んでいる。「不来方のお城のあとの草に寝て…」という啄木の有名な歌のオマージュ作品だと察しがつく。花巻と沿岸被災地とを結ぶ“メルヘン街道”の創設を提唱している岩手県立大学名誉教授で、ハ−ナムキヤ景観研究所所長の米地文夫さんは別の観点から、今回の新興跡地の売却問題に警鐘を鳴らした。
賢治の代表作『銀河鉄道の夜』の中で、ジョバンニは天気輪の柱の丘で銀河鉄道に乗車する。この作品の初期形ではこの丘はまちの北側に位置しており、米地さんは「このモデルこそが花巻城址の旧東公園である可能性が強い。とすれば、この公園こそが銀河ステ−ションの始発駅だったことになる」と想像力を膨らませる。ずばり、旧東公園を舞台とした作品と考えられるのが次のような書き出しで始まる童話『四又(よまた)の百合』である。
「『正?知(しやうへんち)はあしたの朝七時ごろヒ−ムキャの河をおわたりになってこの町に入(い)らっしゃるさうだ』。斯(か)う云(い)ふ語(ことば)がすきとほった風といっしょにハームキャの城の家々にしみわたりました」―。「ヒ−ムキャの河」は北上川、「ハ−ムキャの城」は花巻城を指していると米地さんは指摘し、こう解説した。「『虔十公園林』という童話に見られるように賢治は公園に強い関心を持っていた。花巻の東西に存在した二つの公園(東公園と西公園)こそがドリ−ムランドとしてのイ−ハト−ブ発想の核心だったのではないか」
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跡地の取得断念の報を受け、「花巻中央地区コミュニティ会議」の藤本純一会長と「花巻中央地区振興協議会」の上関泰司会長は3月定例議会に「花巻城址周辺景観保全条例」(仮称)の制定を求める請願書を提出し、こう訴えた。「県内主要自治体で『景観条例』がないのは当市だけ。花巻城址は中心市街地に隣接しており、今後のまちづくりにはその一帯の景観保全が欠かせない。また、隣接地には賢治の童話『黒ぶだう』の舞台となった菊池捍(まもる)邸や賢治の生家などもあり、『イ−ハト−ブはなまき』を象徴する空間として、重要な位置づけにある」
請願に対する採決は3月18日開催の本会議で行われ、反対19人、賛成6人の大差で否決された。反対議員が全員、民間への跡地譲渡にもろ手を挙げて賛成した経緯を考えれば、この結末もけだし当然の成り行きではあった。不動産業者の手に渡った跡地の工場建屋の解体・整地工事は当初予定より十カ月近く遅れて平成二十八年初頭から始まった。十月末には工事が完了する予定になっている。かつて、鶴陰碑が建てられ、賢治文学の原点でもあった花巻城址(旧東公園)―。花巻市民はやがて、客寄せのための「軍艦マ−チ」を聞きことになるのだろうか。
(写真は往時の面影を伝える花巻城址の西御門(復元)=花巻市の鳥谷ヶ崎公園から)