『イソップ寓話集』『星の王子さま』『白鯨』『ロビンソン・クル−ソ−』『アンクル・トムの小屋』…。アフリカの最貧国から移住してきた少年エシエンには本を買うお金がない。古書店の店主リベロ(イタリア語で「自由」の意)は好奇心旺盛な少年に文学書から専門書まで次々と貸し与えていく。世代をまたぐふたりの間に「本」を通じた交流が生まれ、それがやがてエシエンの成長につながっていく。イタリア映画「丘の上の本屋さん」(クラウディオ・マッシミ監督、2021年)を観ながら、逆に世代間”ギャップ”をあおるような足元の図書館騒動にほとほと、愛想がつきてしまった。
体調の不調を訴えるリベロは11冊目の本を手渡しながら、「今度は貸すんじゃなくて、君への贈り物だ」とポツリともらす。読み終えた感想を伝えようと店に向かったエシエンは「喪中」の張り紙に呆然と立ち尽くす。隣りのカフェで働く青年がリベロから託されたという手紙をひったくるようにして、いつも読書に夢中になる公園へと走り去る。プレゼントされたのは『世界人権宣言』(1948年12月10日国際連合総会採択)。その第1条にはこう定められている。「すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。人間は、理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神をもって行動しなければならない」―。エシエンに対するリベロの最後のメッセ−ジだった。
「こんな本こそ、多くの人に読んでもらいたい」とリベロが独りごちる場面がある。政府による検閲などによって発禁になったその専用本棚の中に『怒りの葡萄』(ジョン・スタインベック、1939年)が並んでいた。ふいに2年ほど前に観た米国映画「パブリック―図書館の奇跡」(エミリオ・エステベス監督、2018年)のシ−ンを思い出した。大寒波の中、図書館を占拠した黒人ホ−ムレスたちの奇想天外な姿を描いた映画で、コロナウイルスの脅威と未曾有の自然災害にさらされる現代社会にとって、「図書館の役割とは何か」―を根底から考え直すきっかけが与えられる作品である。
「今夜は帰らない。ここを占拠する」―。米オハイオ州シンシナティの公共図書館を根城にしているホ−ムレスのリ−ダ−が突然、エステベス監督自身が扮する図書館員のスチュア−トにこう告げたことから、上を下への“騒動”へと発展する。「図書館のル−ルを守るべきか、ホ−ムレスの人権を優先させるべきか」―。スチュア−トがホ−ムレスの占拠を優先させる決断をした際に口にしたのは意外にも『怒り葡萄』の一節だった。「ここには告発しても足りぬ罪がある。ここには涙では表しきれぬ悲しみがある」……
大恐慌下、貧困移民層をめぐる社会差別を告発したこの本は保守層からの反発もあり、一時図書館の本棚からも撤去される事態となった。この禁書問題がのちに、“図書館憲章”とも呼ばれる米国の「図書館の権利宣言」(1948年)の誕生につながったことは余り、知られていない。図書館の役割について、「パブリック」のパンフレットにはこんなことも書かれている。「図書館員は事実上のソ−シャルワ−カ−であり、救急隊員だ。オピオイド(鎮痛剤)過剰使用時の救命薬の取り扱い訓練を図書館員が受けるケ−スも珍しくない」。そして「丘の上の本屋さん」のエピグラフはこう記す。「持ち主が代わり、新たな視線に触れるたび、本は力を得る」(スペインの作家、カルロス・ルイス・サフォン)―
(写真は孫のようなエシエンと本談義を交わすリベロ。イタリア中部の石畳のまちのたたずまいが心をホッとさせる=インタ−ネット上に公開の写真から)