「夢のような一幕物語から始めたい」という書き出しのまえがきはこう続く。「イ−ハト−ブという名の地に三つのいのちが集まったという話である。三つのいのちが一つになり、楽器になった。やがてその調べは小さな物語となり、波となり、まわりに共鳴の輪を描き、風をはらんで広がった。どこまでも」―。宇宙物理学者で賢治研究家でもある故斎藤文一さん(享年92歳=新潟大学名誉教授)の著『愛と小さないのちのトライアングル』(2007年)にはサブタイトルとして「宮澤賢治・中村哲・高木仁三郎」の名前が記されている。3人が奏でる交響曲が文中から聴こえてくるような気がする。
当ブログでもこの3人の“思想と行動”については、幾度か触れてきた。互いに共鳴し合う生きざまに心が動かされたからである。隣り町の北上市出身の斎藤さんはいち早く、そのことに気が付き、16年も前に同書の中でその接点の大切さを問うてきたのだった。たとえば、アフガンのテロに倒れた中村さんの人生を決定づけたのは賢治の『セロ弾きのゴ−シュ』だったこと、高木さんが「反原発」の拠点である原子力資料情報室を設立するきっかけとなったのが賢治の「羅須地人協会」だったことなど…
「実はそういう小さないのちこそ、想像を超える大きな力の源泉なのだ。その中に宇宙的・全生命的な重さが息づいているのである。そこにほんとうの<人間の科学>が生まれねばならない。(3人が)とらえた視点はそこにあったのだ」―。斎藤さんは3人の共通点をこう端的に指摘している。そういえば、高木さん(1995年)と中村さん(2004年)はともに“賢治精神”を体現した功績に与えられる「イ−ハト−ブ賞」の受賞者であり、斎藤さん自身(1996年)も「宮沢賢治賞」を受賞している。
さ〜て、御大である賢治は大変な「ベ−ト−ベン」おたくとして知られる。あの交響曲第六番「田園」の曲想を得たウイ−ン郊外の地は「ベ−ト−ヴェンの散歩道」と名づけられ、いまも観光名所になっている。そして、冒頭の賢治の写真は散歩するベ−ト−ベンのポ−ズを真似て、撮らせたと伝えられている。まさに、賢治を面目躍如(めんもくやくじょ)させるエピソードではある。
「おたく」ぶりはこんなもんではない。たとえば、中村さんにはずばり『わたしは「セロ弾きのゴ−シュ」』というタイトルの自著があるが、原作の中にはゴ−シュが所属する「金星音楽団」が第六交響曲を演奏するシ−ンが出てくる。ちゃっかりと「田園」を拝借した賢治のおどけた表情が目の前に浮かんでくるではないか。さらに、斎藤さんはアフガンの大地に根を下ろす中村さんに対し、「これぞ、田園交響曲だ」とエ−ルを送るといったあんばいである。
「Fantasia of Beethoven」(ベ−ト−ベンの幻想)―。こんな標識を掲げた花壇がかつて、総合花巻病院の中庭あった。この病院の創立者で賢治の主治医だった故佐藤隆房さん(1890〜1981年)が大正13年春、賢治に設計を依頼して作った花壇の復元である。賢治はその時の気持ちの高まりをこう書いている。「…それにおれはおれの創造力に充分な自信があった。けだし音楽を図形に直すことは自由であるし、おれはそこへ花でBeethovenのFantasyを描くこともできる。さう考へた」(『花壇工作』)―
現在、同病院は市内の他所に新築・移転し、その「病院跡地」が新花巻図書館の立地候補地のひとつとして、注目を浴びている。由緒あるこの地に「イ−ハト−ブ(まるごと賢治)図書館」を実現したいと思うのは以上のような経緯を踏まえてのことである。賢治をめぐる“人脈図”はまるで、銀河宇宙みたいに途方もなく、でっかい。斎藤さんはこの3人のトライアングルを「未来への使者」と呼んでいる。
(写真はベ−ト−ベンを気取ったと言われる賢治の有名なポ−トレ−ト=インタ−ネット上に公開の写真から)
《追記―1》〜今宵は満月(ハンターズムーン)=コメント欄に写真
ひょいと、夜空を見上げれば今宵は満月。ネイティブアメリカン(アメリカ先住民・インディアン)が狩りに絶好の季節として「狩猟月」と名づけた。日本各地でも熊の出没が相次ぐ。「百獣の王」をうそぶく人類に対する野生動物の逆襲か。この日は「満月」さんと呼ばれた亡き妻の没後5年(2018年7月29日)の月命日。雲ひとつない銀河宇宙の彼方で、満月さんはいつまでも“まんどろ”(まんまる)なお月さんだ。
《追記―2》〜賢治とメキシコ
「だいぶ前になるけど、息子が勤務していたメキシコを訪ねたことがあった。空港に降り立ってびっくりした。通路のコ−ナ−に賢治の作品や肖像画がびっしり…。どんなイベントだったかは忘れたが、さすがは世界の賢治だと思った」―。病院跡地への立地を求める賛同署名を持ってきた高校の同級生がそんな思い出話を口にした。秋空の下でしばし“賢治”談義に花が咲いた。
そういえば、童話『貝の火』に登場する宝珠はオパールで、その主産地のひとつがメキシコ。そのイベントとなにか関係があったのだろうか。ちなみに、旅行口コミサイト「トリップアドバイザ−」が数年前に「死ぬまでに行きたい世界の図書館15選」を公表した際、堂々の第1位にノミネートされたのは「空中図書館」とも呼ばれるメキシコシティのヴァスコンセロス図書館である。
《追記―3》〜この親にして、この子あり
「飛ぶ鳥を落とす」と言っても決して、誇張ではない気鋭の文芸評論家の斎藤美奈子さん(66)は文一さんの長女である。“妊娠”をテ−マにした『妊娠小説』(1994年)で注目を集め、『文章読本さん江』(2002年)で小林秀雄賞を受賞。朝日新聞などの書評委員を務め、その歯に衣着せない”辛口”書評にファンが多い。私自身、この人の推薦本でハズレたことはない。
《追記―4》〜「イ−ハト−ブ(まるごと賢治)図書館」の実現へ向けて!!??病院跡地への立地を求めて、署名運動がスタート
花巻市内でフェアトレ−ド店を経営する新田文子さんが主宰する「暮らしと政治の勉強会」など三つの市民団体が、宮沢賢治ゆかりの地「イ−ハト−ブ」にふさわしい“夢の図書館”を目指した全国規模の署名運動を展開中。署名用紙などは以下からラウンロードを。11月23日必着。
★新花巻図書館は病院跡地に!の全国署名を10月1日スタートします。署名用紙のダウンロードはこちらから。集まった署名は11月23日必着でお願いします。
「全国署名を全国に広げます!〜これまでの経過説明」はこちらから。おいものブログのカテゴリ−「イ−ハト−ブ図書館をつくる会」は「夢の新花巻図書館を目指して」に変更しました。署名実行委員会の活動も報告していきます。新田さんのURLは以下から