”赤ベンツ不倫”と”口移しチップ”だと!!国民をなめるのも休み休みにせんか。もはや、くどくど説明する必要もあるまい。岩手・イーハトーブの恥を天下にさらした破廉恥議員とそれを支えた面々たちの姿を再掲する。庶民感覚と天と地ほどもかけ離れた”愚民政治”が国レベルだけではなく、この足元でもまかり通っている。目をおおうばかりの“悪の縮図”をとくとご覧(ろう)じいただき、二度と選択を誤らないためにも、記憶の底にきちんと刻み込んでほしいと思う。
以下に宮沢賢治が病没する2日前に残した絶筆2首を置く。91年前、祭り日和に恵まれ、実りの秋が約束されたことを喜びながら、賢治は静かに旅立った。この賢治精神のひとかけらでも煎じて飲んで欲しいもんである。”日本沈没”の危機がヒタヒタと押し寄せてくる気配がする。
(写真は昨年の花巻まつり最終日に勢ぞろいした“同じ穴のムジナ”たち。詳しくは2023年9月10日付当ブログの「追記」参照)
●方十里稗貫のみかも稲熟れて
み祭三日そらはれわたる
●病(いたつき)のゆゑにもくちんいのちなり
みのりに棄てばうれしからまし
(主なムジナたち〜中列左から川村伸浩県議、上田東一市長、広瀬めぐみ参院議員、藤原崇衆院議員、前列右が藤原伸市議会議長。他は市議会の与党会派「明和会」所属の小ムジナたち)
《追記》〜「岩手の人」
ネット上の「また、岩手の人ですか」という書き込みを知り、とっさに賢治と交流があり、戦時中に当市に疎開した彫刻家で詩人の高村光太郎の詩「岩手の人」を思い出した。上掲写真のムジナたちとの懸隔(けんかく)に今さらながら、驚き入った。以下に全文を記す。
岩手の人眼(まなこ)静かに、
鼻梁秀で、
おとがい堅固に張りて
口方形なり。
余もともと彫刻の技芸に遊ぶ。
たまたま岩手の地に来たり住して、
天の余に与ふるもの
其の如き重厚の造型なるを喜ぶ。
岩手の人沈深牛の如し。
両角の間に天球をいだいて立つ
かの古代エジプトの石牛に似たり。
地を往きて走らず、
企てて草卒ならず、
ついにその成すべきを成す。
斧をふるって巨木を削り、
この山間にありて作らんかな、
ニッポンの背骨岩手の地に
未見の運命を担ふ牛の如き魂の造型を。