「少し個人的な思いも入りますが、かねてから自分としては困っている人の具体的な力になりたい、そういった思いで子ども時代から過ごしてまいりました。そういった思いの中で弁護士になり、活動などもしておりました。そういった思いの延長線上で市長になり、今仕事をしているつもりです。今まさに目の前に、明石市内に困っている方が数多くおられます」―。熱のこもったこの言葉に不覚にも目頭が熱くなった。今回のようなパンデミックの危機に際しは為政者が発する言葉のひとつひとつが国民に希望を与えたり、逆に絶望の淵に突き落としたりする。それは国内外の首脳やや地方自治体の首長も例外ではない。
冒頭に兵庫県明石市の泉房穂(ふさほ)市長(56)の言葉を引用したことについては少し、訳がある。泉市長はパワハラ疑惑の責任を取って、いったん辞職した後の出直し選挙で見事に返り咲きを果たしたという剛腕の持主である。コロナ危機が叫ばれ始めた3月上旬、花巻市の上田東一市長にも同じ疑惑を指摘する“怪文書”騒動が持ち上がった。私は泉市長の「パワハラ」始末記の潔(いさぎよ)さに共感し、3月18日付の当ブログに「他山の石、以て玉を攻むべし」というタイトルで、その奇跡の復活劇を紹介した。
あれから1カ月弱の4月16日、泉市長は総額6億900万円にのぼる緊急コロナ対策費を予算計上したことを公表、その気持ちを記者会見で冒頭のように述べた。個人商店にすぐに100万円、ひとり親家庭の児童福祉手当に5万円の上乗せ、困窮家庭に10万円の支給…。「困っている市民に手を差し伸べるのが行政の使命・役割」―という合言葉ですべてを独自財源の「財政資金」から捻出した。泉市長は同じ記者会見でこうも語っている。熱がじかに伝わってくる。市民が“パワハラ市長”をふたたび担ぎ出した理由を得心する思いである。
「ポイントをお伝えしますと大きくは3点です。当然のことながら、感染症対策の徹底は当然のことであります。そして2点目は、市民生活への緊急支援であります。今月分の家賃も払えないという悲鳴が聞こえております。一人親家庭などにつきまして、しっかりと今こそ行政が役割責任を果たすべきだという思いで考えております。そしてもう1つは、いわゆる社会的弱者へのセ−フティネットであります。こういう状況の中で、高齢者や障害をお持ちの方や子どもたちに、いわゆるしわ寄せが行きかねない状況もございます。例えばデイサ−ビスになかなか通いにくくなってしまうと、ご自宅にこもっている状況で、果たしてそれまでのような福祉的サ−ビスが得られていない状況で、ご高齢の方が大丈夫なのだろうかというテ−マであるとか、子ども達につきましても、いわゆる虐待の問題やネグレクトなどが大変心配でございます」……
「4、550万円」―。花巻市は22日、臨時市議会を招集し、非接触型体温測定器(サ−モグラフィ−)15台や不織布マスク10万枚、温泉施設への日帰り入浴の費用、温泉ホテルなどの観光協会への会費補助などの名目でコロナ関連事業費を計上し、可決された。きめ細かい施策と言えばその通りかもしれない。しかし、個人の飲食店やタクシ−業界など零細事業者への支援の必要性を求める質問に対し、上田市長は「今後の推移を見ながら、財政調整基金の活用を考えたい」と今回の危機対応のための独自財源の取り崩しには慎重な態度を示し、泉市政とは際立った姿勢を見せた。財政規模が異なる自治体としては当然、その施策にも異同が生じて当たり前である。私がこの日の市長発言の一部始終を聞きながら、不安に感じたのは「言葉の力」ということである。
「現在、当市の行っている対応により、ご迷惑をおかけしておりますが、新型コロナウイルス感染症の爆発的な感染拡大による市民生活・経済活動に対するさらに大きな被害を防ぐためにも、市民の皆様にはご理解を賜りたいと考えるところであります」―。上田市長はこの日の臨時市議会で市民へのメッセ−ジをこんな言葉で締めくくった。肩から力が抜けるような脱力感に襲われた。言葉の片々から「熱」が伝わって来なかったのである。世界中に感動を与えたドイツのメルケル首相は演説の最後をこう結んでいる。
「私たちは民主主義社会です。私たちは強制ではなく、知識の共有と協力によって生きています。これは歴史的な課題であり、力を合わせることでしか乗り越えられません。私たちがこの危機を乗り越えられるということには、私はまったく疑いを持っていません。けれども、犠牲者が何人出るのか。どれだけ多くの愛する人たちを亡くすことになるのか。それは大部分私たち自身にかかっています。私たちは今、一致団結して対処できます。現在の制限を受け止め、お互いに協力し合うことができます」
「この状況は深刻であり、まだ見通しが立っていません。 それはつまり、一人一人がどれだけきちんと規則を守って実行に移すかということにも事態が左右されるということです。たとえ今まで一度もこのようなことを経験したことがなくても、私たちは、思いやりを持って理性的に行動し、それによって命を救うことを示さなければなりません。それは、一人一人例外なく、つまり私たち全員にかかっているのです。皆様、ご自愛ください、そして愛する人たちを守ってください。ありがとうございました」(3月18日のテレビ演説から)
(写真は臨時市議会で答弁に立つ松田英基・財政部長。コロナ禍のさ中に過労で倒れたが、元気に現場復帰をした=4月22日、花巻市議会議場で。インタ−ネット中継の画面から)
《緊急追記》〜HPから消えた「市長」発言
この日開かれた臨時市議会が終了後、いったんは花巻市のHPに公開されたコロナ対応などに関する市長発言が夕方になって、そっくり消えていることに気が付いた。今年度の一般会計補正予算に係るコロナ緊急事業や行政報告などで、その中には今月初め、東京から市内東和町に転入しようとした男性が火災に巻き込まれて焼死するという不幸な出来事の経過についての報告も含まれていた。議事録に記録を残すことが義務付けられている内容が全面削除されるのは異例である。
この件について、上田市長はこの日「転入届をめぐって事実誤認の記事(4月18日付)を掲載され、迷惑をこうむった。新聞社には抗議した」述べたが、その部分もなぜか削除された。コロナ危機に際し、花巻市は4月8日付で、東京など感染地域からの転入届について、2週間(ウイルスの最大の潜伏期間)の経過観察後に届け出を受け付けるように申し合わせ、その旨を市庁舎の窓口に掲示していたが、この日突然、この告示も外された。NHKも夕方のローカルニュースでこのことを伝えた。上田市長周辺で一体、何が起きているのか!?
(※削除されたHP掲載の記事が4月23日午前に再掲された。また、転入届の手続きについてもこの日、改めて掲載された。削除に至った経緯については不明である)