「俺達の隣町の横川省三(注―1)を知らないか。日露戦争の時、シベリヤ鉄道(東清鉄道)を爆破した男だ。あなたがそう云うなら、我われにも考えがある。なにしたど、もう一度云って見ろ。岩手135万県民を馬鹿にする気か」―。まるで、赤穂浪士の討ち入りを彷彿(ほうふつ)させるシ−ンではないか。「Mr.PO」(上田東一市長)が陰であやつる「アストロタ−フィング」(エセ草の根運動)なる茶番、いや“猿芝居”を連日見せつけられているうちにわずか数10年前、イ−ハト−ブを舞台に繰り広げられた一大絵巻の光景をまざまざと思い出した。題して、もうひとつの「おらが駅舎」物語―
「花巻への停車駅設置は見送り」―。1971(昭和46)年10月、花巻市民やその周辺自治体の住民は“寝耳に水”のニュ−スに耳目を疑った。活劇じみたこの物語は新幹線「新花巻駅」が開業した1985(昭和60)年3月に至るまでの14年間に及ぶ“官民一体”の誘致運動の貴重な記録である。現代版「百姓一揆」とも呼ばれた、当時としては全国的にも稀有(けう)な住民運動の先頭に立ったのは「一揆の頭領」こと、百姓あがりの小原甚之助と開業当時の市長、藤田万之助(いずれも故人)。冒頭の獅子吼(ししく)のような雄叫びは国鉄本社(当時)に乗り込んだ際の頭領の啖呵(たんか)である(渡辺勤著『新花巻駅物語り―甚之助と万之助』より)
総工費41億8千万円―。当時としては途方もない金額。挫折しそうになる気持ちを奮い立たせたのは「参画・協働」を先取りしたような歴代市長や市議会議長、商工会議所会頭など有力者の“三位一体”のスクラムだった。もうすでに旅立ってしまったが、私が小中学校で席を並べた親友2人は広報委員長と調査委員長の要職に付き、日夜個別の寄付金集めに走った。その額はざっと、11億8千5百万円余り。当時、ふるさとを遠く離れていた私は郷土愛に燃える親友の情熱に胸を熱くしたのを覚えている。工費のすべてまたは大半を地元で負担する、全国初の「請願駅」はこうした苦闘の産物だったのである。この貴重な記憶はのちに映画化もされ、話題を呼んだ(注―2)
設置費寄付総数(約14900人)、市民早期実現総決起大会(参加者約3000人)、国鉄への鉄道用地提供拒否者(186人)、遠野や釜石、宮古など駅勢圏の設置要求署名(30万人)、対国鉄陳情(延べ110数回)…。わずか50年前、澎湃(ほうはい)としてわき起こったあの住民運動の熱気は今、いずこに!?まるで、こそこそと動き回るドロボ−猫みたいな新版「おらが駅舎」物語を目の前にムラムラと怒りが込み上げてきた。商議所会頭や農協組合長、同窓会長など各種団体のトップの勢ぞろい…。今回の“やらせ要請”に追従したこうした面々こそが遺産(レガシ−)ともいえる「歴史の教訓」を身をもって体験した世代ではなかったのか。
1990(平成2)年3月、開業5周年を祝って、新花巻駅前に石碑が建てられた。碑文はこう結ばれている。「ここに、市民が力を合わせて、この大事業を成し遂げたことを末永く後世に伝え、ますますの弥栄(いやさか)を願って新駅開業5周年を記念し、この碑を建立する」―
花巻市議会が“不要不急”という理由でその予算案を否決した「JR花巻駅東西自由通路(橋上化)」問題…。新幹線の利便にあずかりながら、一方で議会側の意思決定などどこ吹く風とばかりに「Mr.PO」の提灯を担ぐ旧世代人よ。もう一度、足元の歴史を思い起こしてはどうか。このグロテスクな光景はもはや、ある種の「カリカチュア」(戯画ないしは風刺画)としか言いようがない。以下に頭領の血の吐くような言葉を記す。爪のアカでも煎じて飲んで欲しいものである。
【甚之助語録】(『新花巻駅物語り―甚之助と万之助』より)
●まるで山賊か虎が花巻に住んでいるから恐ろしくて花巻は通れないと、そう云う仕打ちを国鉄にされたんじゃありませんか
●現代の政治と云うものは、一人の英雄に頼るものではございません。点と線の政治から、面の政治、大衆動員の政治となっているのであります
●市の、市の主脳部の恥ずかしめは、即ちわが花巻市民の恥でありますぞ!そうじゃありませんか!
●昔から花巻は後手後手と廻る所だ。和賀と較べて政治性に乏しい。商売は熱心だが、地域の事に関して誠に消極的だ。横黒線も北上に取られるし花巻中学校も後手をとった。今又、新幹線の誘致に失敗して、一体我々は子孫に対し、何と申しひらきをするのか
●あきらめるのはまだ早い。駄目か、駄目でないか、やって見なければ判らない。花巻百年の大計の為に、我われの子孫の為にもう一度やろうじゃないか
《注―1》〜横川省三(1865−1904年)
盛岡藩士の子に生まれ、のちに現花巻市東和町の横川家の婿養子に。自由民権運動に投じ、加波山事件に連座して禁錮。明治23年、東京朝日新聞社に入社し、郡司成忠の千島探検の特派員や日清戦争の従軍記者となる。日露戦争前に軍事探偵として諜報活動に従事、同37年日露戦争勃発後、沖禎介らとともに満洲に入り、鉄道爆破を図ったがロシア軍に捕らえられ、ハルビン郊外で銃殺
《注―2》〜映画「ネクタイを締めた百姓一揆」
東北新幹線の基本工事計画には設置予定として名前のなかった新花巻駅が、市民運動の末に開業に至るまでの物語を、労働組合の隆盛や国鉄分割民営化といった時代背景とともに描いた群像劇。2017年制作、2020年劇場公開。河野ジベ太監督
(写真は映画「ネクタイを締めた百姓一揆」のポスタ−=インタ−ネット上に公開の写真から)