初の小説『氷柱(つらら)の声』で芥川賞候補にノミネ−トされていた盛岡市在住の歌人で作家のくどうれいんさん(26)らの作品を審査する選考会が14日開かれ、くどうさんは惜しくも受賞を逃したが、“震災文学”に新境地を開くなど大きな反響を呼んだ(7月11日付当ブログ参照)。東日本大震災を題材にした小説としては同じ盛岡在住の作家、沼田真佑さん(42)の『影裏』が4年前の第157回芥川賞を受賞したほか、その翌年には遠野市出身の作家、若竹千佐子さん(67)が『おらおらでひとりいぐも』で同賞を受賞するなど岩手における“文学人脈”の豊かさを浮き彫りにした。
今回、芥川賞に輝いた2作のうちの1作はドイツ在住の石沢麻依さん(41)のデビュ−作『貝に続く場所にて』。1980年、宮城県仙台市生まれ。東北大学大学院文学研究科修士課程修了。今年、同作で第64回群像新人文学賞を受賞したばかりだった。ドイツの学術都市に暮らす私の元に、東日本大震災で行方不明になったはずの友人が現れる。人を隔てる距離と時間を言葉で埋めてゆく、現実と記憶の肖像画。コロナ禍が影を落とす異国の街に、震災の光景が重なり合う、静謐(せいひつ)な祈りをこめて描く鎮魂の物語…。群像新人賞の選評では―
「記憶や内面、歴史や時間、ここと別のところなど、何層にも重なり合う世界を、今、この場所として描くことに挑んでいる小説」(柴崎友香)、「人文的教養溢れる大人の傑作。曖昧な記憶を磨き上げ、それを丹念なコトバのオブジェに加工するという独自の祈りの手法を開発した」(島田雅彦)、「犠牲者ではない語り手を用意して、生者でも死者でもない『行方不明者』に焦点を絞った点で、すばらしい。清潔感がある」(古川日出男)
今回の授賞について、石沢さんはオンラインでの記者会見でこう語った。「“震災文学”を代表する作品ということではなく、あくまである記憶、体験をめぐる『惑星』のようなものだと考えています。今後、どうやって震災の記憶をさらに引き継いでいくのか。先人も作品を通して声を上げていますが、私もその一人になることができました。これからもっと自分の創作を発展させることで人々が震災を記憶していくことにつながればいいと思います」―
沼田さんが受賞した時、私は当ブログにこう書いた(2017年8月1日付)。 「東北は敗けない、日本はひとつ、頑張ろうニッポン、みんながヒ−ロ−…。こんな表面を取り繕(つくろ)うような復興メッセ−ジに対し、沼田さんは異議申し立てをしたかったのではないのか。私はそんな気がする。選考委員の一人である作家の高樹のぶ子さんは震災をテ−マにしていることについて、こう述べている。『人間の内部と外側の崩壊を描いた。人間の不気味さと自然の不気味さが呼応している』」―。あの大震災に今はコロナという疫病が襲いかかっている。緊急事態宣言下での”復興五輪”を目前にした今、こうした記憶の物語が世に問われた意義は大きい。
「十年一昔」―。人々の記憶が風化する中、猛威を振るうコロナ禍と「3・11」を重ね合わせるような石沢さんの手法はくどうさんの作品を彷彿(ほうふつ)させる。東北ゆかりの作家たちによって、本格的な「震災文学」の創出が始まったのかもしれない。かつて経験したことのない「パラダイムシフト」(価値の大転換)への予感……
(写真は今後の作品に期待が集まるくどうさん=インタ−ネット上に公開の写真から)