“牛タン”騒動が当会設立の直接のきっかけだった。花巻市議会9月定例会の決算特別委員会で、ある議員が「イ−ハト−ブ応援寄付金」(ふるさと納税)の令和2年度の寄付額が県内トップの約30億円に達したことに触れ、「ポ−タルサイトで当市の牛タンが全国1位になった。果たして、地場産品にふさわしいと言えるだろうか」とただした。これに対し、上田東一市長は「総務省の選定基準を満たしているので、何ら問題はない。仙台牛タンだって、ほとんどが輸入品だ」と切って捨てた。
私はこの問答を聞きながら、宮沢賢治の童話『フランドン農学校の豚』の一節を思い出していた。作品はこんな風に展開する。「家畜撲殺同意調印法」の布告に伴い、農学校で飼われていた豚に対し、死亡承諾書が突きつけられる。恐怖心にかられた豚は捺印を拒否し続けたが、結局は同意させられる…。そして、こんな残酷なシ−ンを描きながら、作品は閉じられる。「一体この物語は、あんまり哀れ過ぎるのだ。もうこのあとはやめにしよう。とにかく豚はすぐあとで、からだを八つに分解されて、厩舎(きゅうしゃ)のうしろに積みあげられた」―。賢治がいま、牛タン販売で寄付金を競い合う「イ−ハト−ブ」の光景を見たら、どう思うだろうか。当会はこの出来事に促されるようにして産声を上げた。以下に設立趣意書などー
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「銀河の郷、輝く未来へ〜『イ−ハト−ブ』の実現を目指す花巻有志の会」
私たちはいま、まるで「夢」を語ることを忘れてしまったかのような不気味な静寂の中にいるような気がします。コロナ禍のせいもあるのでしょうが、「物言えば唇寒し…」といった何か得体のしれない空気が周囲に張りめぐらされているような、そんな錯覚におちいる時さえあります。「わたくしといふ現象は/仮定された有機交流電燈の/ひとつの青い照明です」―。郷土の宮沢賢治は代表作『春と修羅』(序)の中にこんな不思議な言葉を残しています。この言葉に触れ、分子生物学者の福岡伸一さんは最近、共著の中にこう書きました。
「『春と修羅』には、コロナ禍におかれた私たちが文明社会の中の人間というものを捉えなおす上で、非常に重要な言葉が書かれている。まず、冒頭で『わたくし』は『現象』だ、と言っている。これは、『わたくし』という生命体が物質や物体ではなく『現象』である、それはつまり自然のものである、ということ。ギリシャ語の『ピュシス』は『自然』を表す言葉で、賢治のこの言葉は本来、生命体はピュシスとしてあるのだということを語りかけているように思う」(『ポストコロナの生命哲学』、要旨)―。コロナパンデミックの謎を解く水先案内人が、奇しくも賢治だという福岡さんの視点にぐいぐいと引き込まれてしまいました。そう、足元には銀河宇宙を股(また)にかけた「賢治」がいるではないか、と。
当市は将来都市像として「市民パワーをひとつに歴史と文化で拓(ひら)く/笑顔の花咲く温(あった)か都市(まち)/イーハトーブはなまき」―の実現をスローガンに掲げています。いうまでもなく、「イーハトーブ」とは賢治がエスペラント風に表現した言葉で、「ドリームランド」(夢の国)を意味しています。また全国で唯一、固有名詞を冠した「賢治まちづくり課」を設けています。しかし、これまでの経緯を見ると、イベント開催に偏重したきらいがあったのではないか。「賢治」がなぜ、宇宙規模での影響力を発揮する存在になり得たのか。私たちはいわゆる“賢治精神”の原点に立ち返りながら、本当の意味での「イーハトーブ」の実現を目指したいと考えています。もう私たちの“夢物語”はスタートしています。たとえば、懸案の市政課題である「駅橋上化」については―
ステンドグラスで装飾された瀟洒(しょうしゃ)な駅舎は東北の「駅百選」に選ばれ、駅周辺に広がる「風の鳴る林」や「銀河ほっぽ」(からくり時計)、銀河鉄道を模した巨大壁画などは賢治の物語世界を彷彿(ほうふつ)させるとして「都市景観大賞」(景観百選)にも輝いています。橋上化によって、駅舎が撤去されることになれば、せっかくの「レガシ―」(遺産)は失われてしまいます。私たちは子々孫々のためにこいねがいたい。現在のJR花巻駅はそのまま残し、隣接する地下道には賢治童話をイメージしたメルヘンチックな空間を創出し、「銀河鉄道始発駅」みたいな雰囲気のまちを創造したいと…
2021年10月晩秋
設立代表人 元花巻市議会議員・増子 義久
TEL. 090ー5356−7968 (e-mail/ymasuko@rapid.ocn.ne.jp)
設立発起人 日出 忠英(造園家、「3・11」被災者)
藤井 仁(各種コンサルタント)
羽山 るみ子(花巻市議会議員)
《私たちが当面、目指すもの》
●新花巻図書館って、な〜に?
〜「ハードからソフト」→「ソフトからハード」への発想の転換。ゼロベースからの新図書館論議を。賢治作品や研究書、翻訳本など「賢治もの」を一堂に集めた“イーハトーブ”図書館の模索
●足元の歴史と記憶を掘り起こそう
〜風土や遺産、伝承などを記録するウエブ上のアーカイブ「花巻物語辞典」の継承。「街なか発見」プロジェクトの策定
●花巻三大跡地の利活用に向けて
〜「新興跡地」(花巻城址三の丸)、「まん福跡地」(元料亭)、「総合花巻病院跡地」(元病院)はいずれも旧花巻市内の中心部に位置し、「イーハトーブ」の未来図を描く際には欠かせない一等地。みんなの知恵を結集して、有効な再利用を考えよう
《賢治さんに聞く》
今回の会結成に際し、夢枕に現れた賢治さんに直撃インタビュ−を試みた。コロナ禍に翻弄(ほんろう)される地球や生まれ故郷の「イ−ハト−ブ」の現状について、どんな思いを抱いているのか―
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―旅立ってもう、88年の歳月が流れました。銀河宇宙の眼下に広がる惑星の眺めはいかがですか。いま、全人類は「コロナ」という恐ろしい感染症の脅威にさらされています。
賢治 そうなのすか。大変なことだなっす。そういえば、おらの最愛の妹トシも100年前に猛威を振るったインフルエンザ(スペイン風邪)にかかって、それが原因の肺炎で命を落としてしまった。「永訣の朝」っていう詩はその時の気持ちを詠ったもんでがす。
―そのコロナについて、ある著名な学者が賢治さんの『春と修羅』を引き合いに出しながら、この言葉の中に「ポストコロナ」をひも解くカギが隠されている―と話しています。「わたくしといふ現象は」というあの有名な冒頭句について、賢治さんは自分のことを物体ではなく、「(自然)現象」として、認識していたんだと…
賢治 ……。あの謎解きみたいな言葉に気がついた方がいたとはありがたいことですな。それにしても100年という時空を隔てて、また感染症との出会いがあるとはこっちの方がびっくら仰天。おっしゃる通り、人間はそもそも“自然”そのものじゃねのすか。区別する方がおかしいとおらはず〜っと、そう思ってきたんすじゃ。おらに『風の又三郎』っていう童話があるのを知ってるすか。「どっどど どどうど どどうど どどう」―。風に乗って突然、現れる「又三郎」は実はおらのことなのす。
―「すぐそばにいる人」だったはずの賢治さんがいつの間にか銀河宇宙の遠くに行ってしまった。こんな風に寂しがる地元の人が最近、増えています。
賢治 そんたなことはねすじゃ。空に浮かぶ雲も風もその風と一緒にダンスを踊る木々たちもみんなおらだと思ってもらいてな。だっておら“自然”だもの、いつだってみんなと一緒だもん…
(写真は第24回宮沢賢治賞を受賞した影絵画家、藤城清治さんの『銀河鉄道の夜』から=インターネット上に公開の写真から)