「75歳以上の高齢者に死を選ぶ権利を認め支援する制度、通称プラン75が今日の国会で可決されました。深刻さを増す高齢化問題への抜本的な対策を、政府に求める国民の声が高まっていました」―。6月18日付当ブログで紹介した映画「PLAN75」はこんな淡々としたラジオニュ−スで始まる。高齢化問題にずばり切り込んだこの映画の監督・早川千絵さん(45)がその背景などについて、インタビュ−で語っている(28日付「朝日新聞」)。今年のカンヌ映画祭でカメラド−ル(新人監督賞)の特別表彰を受けた早川さんの言葉の端々から「お年寄り」を無意識のうちに切り捨てる“姥捨て”社会の現実が浮かび上がってくる。足元の市議選で叫ばれている安直な”世代交代論”にもこの危うさが見え隠れする。以下にその語録の要旨を転載する。
※
「(制度をつくる「政府」がだれ一人登場しないのは、なぜですか?)最初から一切、描かないと決めていました。新しい制度をどんな人がつくっているか、なかなか見えません。意見が反映されず、いつのまにか政府に密室で決められている感じ、反対したくても抗(あらが)いたくても、抗う相手の顔が見えない状況を表したかったのです」
「子どものころ、長生きはいいことだとお年寄りを敬う気持ちを教えられてきたのにここ数年、メディアも介護やお金の不安を煽(あお)るばかり。その不安の矛先が政府ではなくお年寄りに向かい、若い世代との分断も感じています。対立を利用した制度でしょう。国全体の経済的負担を減らすプランの合意をとるために、老後の不安や人々の感情を逆手に取ったとも言えます」
「強い意識や興味があったわけではありません。社会の不寛容さが進むことへの憤りや危機感が映画の原動力でした。社会的弱者に対する風当たりは強くなり、だれもが年をとれば高齢者になる。多くの人が『自分事』として身近に感じられる高齢者を主人公にしました。(75歳になると「後期高齢者」と呼びますね。いまや私も気にせず使っていますが…)他人から『人生の終わり』と言われている気がして、嫌なネ−ミングだと思いました。でも、もう普通に社会に受け入れられているところをみると、プラン75もいつかきっと、普通に受け入れられそうです」
「(この死の支援制度、「日本の未来を守りたいから」とPRします)高齢者の数を減らしたい、『高齢者はじゃま』と言っているようなもの。言葉を言い換えてあたかも良いものであるかのように印象を操作する。無神経な言葉や考え方は今の社会にもすでに存在していると思います」
「(日本の未来を守るために、現実の社会では何が必要でしょうか)政府なら経済を守ることでしょうが、私が思うのは人々の人権や幸せ、尊厳を守ること。どの年代の人も幸せになる権利が軽視されています。他者への想像力でしょうか。私も人に迷惑をかけたくない思いが強くありましたが、一概に悪いことではないはず。映画をつくるなかで『迷惑をかけて当たり前』『困ったときはお互いさま』という考え方のほうが、生きやすい世の中になると思い始めました」
(写真は高齢者問題に一石を投じた「PLAN75」の早川監督=インタ−ネット上に公開の写真から)