『トットちゃんの15つぶのだいず』(講談社)と題する絵本を手に取って驚いた。トットちゃんこと俳優の黒柳徹子さん(90)の戦争体験を文章に綴った内容だったが、その過酷な体験を静謐(せいひつ)な筆致で書き上げていたのが当地花巻出身の児童文学作家、柏葉幸子さんだったからである。デビュ−作の『霧のむこうのふしぎな町』が宮崎アニメのヒット作「千と千尋の神隠し」の下敷きになったというエピソ−ドは広く知られているが、他にも『つづきの図書館』(小学館児童出版文化賞)や『岬のマヨイガ』(野間児童文芸賞)など受賞歴が多い。「トットちゃんが、小学2年生のとき。日本は戦争をはじめました」という書き出しで始まる文章はこんな風に続いていた。
「とうとう、トットちゃんの一日の食べものは、だいずが15つぶだけになってしまいました。ママが毎朝、だいずをフライパンで炒(い)ってくれます。それをふうとうへ入れて、学校へ行くトットちゃんにわたします。…ママはだいずの入ったふうとうをわたしながら、『食べたら、お水をいっぱいのむのよ。豆がふくらんで、おなかがいっぱいになるわ』と、言ってくれました」―。あの快活は語り口の黒柳さんの知られざる一面が柏葉さんの文体と一心同体となって心に沁み込んできた。ふいに20年以上も前の光景が昨日のことのように目の前に去来した。
2002年4月20日―。花巻市文化会館大ホ−ルは立ち見が出るほどの観客であふれていた。ベルリン映画祭で最高賞(金熊賞)を受賞した「千と千尋の神隠し」(宮崎駿監督、2001年)の鑑賞に詰めかけた人たちだった。隣接する図書館では映画の上映に合わせて「柏葉幸子童話作品展」が開催されていた。この2年前、42年ぶりにふるさとに戻った私は映画館が姿を消してしまった街のたたずまいに愕然(がくぜん)とした。仲間たちに声をかけ、「花巻に映画の灯を再び」市民の会を結成。その旗揚げ記念に計画したのが宮崎アニメと柏葉展の同時開催だった。1日3回の上映会は大盛況で終わった。私たち「市民の会」は益金の一部で柏葉作品を買いそろえ、花巻市立図書館に寄贈した。
「私の父はシベリア抑留の経験者ですが、今の若い人たちは家族に戦争を体験した人がいない。ウクライナ戦争も自分とかけ離れた出来事として見ているけど、日本だって危ないじゃないですか。身近な語り部の代わりとして…」(9月29日付朝日新聞))―。柏葉さんは今回の絵本化について、こう語っている。私の父も先の大戦でソ連軍の捕虜となり、シベリアの凍土に没した。『ミラクル・ファミリ−』、『地下室からのふしぎな旅』、『ざしきわらし 一太郎の修学旅行』、『モンスタ−・ホテル』シリ−ズ…。ファンタジックな“柏葉”ワ−ルドのとりこになっていた私は目の前の現実から目を背けない、柏葉さんのもうひとつの視点にハタと気づかされた。
世界で2500万部の大ベストセラ−になった黒柳さんの『窓ぎわのトットちゃん』の続編が42年ぶりにこのほど刊行された。旧作は初のアニメ映画化も決まり、12月8日から全国で公開される。私たちが夢見る図書館(イ−ハト−ブ図書館)は「まるごと賢治」だけではもったいない。“柏葉”ワ−ルドも詰め込まなくちゃ…。病院跡地への立地を願う私たちの見取り図は着々と整いつつある。
(写真は原案・黒柳、文・柏葉、絵・松本春野による創作絵本)
《追記ー1》〜「do the right thing」…死語であったはずの“虐殺”がいま、ふたたび
映画「福田村事件」(9月15日付当ブログ参照)を見て、100年の恐ろしい光景を目の当たりにしたのもつかの間、海の向こうでそれが現実化しつつある。ロシアによるウクライナ侵略に続く、イスラエルとパレスチナとの絶望的な対立。「ジェノサイド」や「ホロコースト」…。“大量虐殺”を意味するおどろおどろしい言葉が頭を去来する。
パレスチナ自治区の「ガザ地区」ではトットちゃんの「15つぶのだいず」どころか、イスラエル側の出方によってはその存在そのものが“消滅”させられる危機さえささやかれている。「do the right thing」(それは正しい行為である=ブリンケン・米国務長官)…。アメリカ流「正義」を盾とした、大虐殺に向けたカウントダウンが始まっている。人間の愚かさの極限!!??
《追記ー2》〜市民力、全開!!〜病院跡地への立地を求めて、署名運動
花巻市内でフェアトレ−ド店を経営する新田文子さんが主宰する「暮らしと政治の勉強会」が今回の岩手知事選で全開、“市民力”の大切さを教えた。さらに、宮沢賢治ゆかりの地「イ−ハト−ブ」にふさわしい“夢の図書館”を目指した市民団体が全国規模の署名運動を展開中。署名用紙などのラウンロ−ドは以下のアドレスから。11月23日必着。