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ヤイコシラムスイエ

2018/04/05 09:54/ヤイコシラムスイエ

 

 「最近、筑紫(哲也、2008年没)さんの番組で、アイヌ音楽と、神を迎える踊りを見ることがありました。その中で、日本語の『考える』という言葉をアイヌ語では、『魂がゆれる』というのだと知りました」(『週刊金曜日』3月30日号)―。「ミナマタ」に寄り添い続け、今年2月10日に90歳の生涯を閉じた作家で詩人の石牟礼道子さんを追悼する特集に「魂ゆらぐ刻を」と題する文章が掲載されている。25年前、石牟礼さんが同誌の編集委員に名を連ねた際、自身の立ち位置について触れた文章である。当時、TBSのニュ−スキャスタ−をしていた筑紫さんのこの番組を私も鮮明に記憶している。出演したのは北海道・屈斜路湖畔を拠点に活動しているアイヌ詞曲舞踊団「モシリ」(アイヌ語で大地の意)だった。石牟礼さんは続けて、こう記している。

 

 「魂がゆれるといえば思い当たります。私たちにまだ残っているあの、語らぬ思いや数かぎりない断念です。たぶんこれは近代的な権利意識とは無縁な、表現以前のデリカシ−です。それが今も、アイヌの地に魂の安らぐ時があって、人は言葉以前に魂同士、あるいは山川草木と共にゆれあっているというのです。あらためて、病としての文明が、わたしたちの感性を覆(おお)っているのに思いあたります。妙な色の、鱗(うろこ)のようなそれを、脱ぎ捨てたい願望と共に」

 

 「ヤイコシラムスイエ」―。モシリを主宰する豊岡征則さんは番組で、こんなアイヌ語を紹介した。「yay(ヤイ=自分自身)・ko(コ=に対し)・si(シ=自らの)・ram(ラム=心を)・suye(スイエ=揺らす)」…。日本語の「考える」に相当するアイヌ語である。日本語に解読しながら、こう話した。「日本人はよく、頭を使って『考える』という。でもアイヌは頭ではなく、心を揺らして『考える』。魂を大切にするということだと思う」―。代表作『苦海浄土/わが水俣病』などで知られる石牟礼さんは患者・家族との「魂のふれあい」を求め続けた人だった。批評家の若松英輔さんは追悼特集にこう書いている。「古い言葉だが、彼女に出会って、私のなかで決定的によみがえった言葉が『生類』(しょうるい)である。人類は、生類の一部であるあるとき、はじめて人類たりうる。しかし、人類は、いつしか生類とのつながりを自らの手で断ち切ったのではないか」

 

 「沖縄戦の戦跡にアイヌの祈りを捧げたい」―。もう30年以上も前のことになるが、モシリの全国公演に同行して、沖縄まで行ったことがあった。そのひとつ、沖縄戦終焉(しゅうえん)の地―本島南部・糸満市にある沖縄平和祈念公園(摩文仁の丘)ではカムイノミ(神への祈り)とイチャルパ(先祖供養)の儀式が営まれ、古式にのっとったアイヌ舞踊が宙に舞った。当時の光景が石牟礼さんの文章と重なった。

 

 「風土の神々や、感性の安らぐところを自ら封じこめてきた時代に追いつめられたあげく、近頃わたしは、舗装された地面を割って芽吹いている蓬(よもぎ)や葦(あし)をみつけて歩きます。その小さな芽立ちに、遠い世のメッセ−ジが聞こえるからです。…とりあえず今のぞましい文化のイメ−ジとして、かのアイヌ女性たちの、神を招く手つきが強く灼(や)きつけられています。魂の位相の高さを見る思いでした。言葉の真の意味で慎(つつ)ましき節度とは、このようにさしのべられる指や、脚の自然だったのかと思ったことでした。…微塵の媚(こび)もない入神の表情と躯(からだ)の動きでした。それに何よりも可愛らしいのでした。長い黒髪が、天と地とを、掃(は)いておりました」

 

 豊岡さんには「アトゥイ(atuy)」というアイヌ名がある。「海」という意味である。「この島に来ると、神々の気配を感じる」―。摩文仁の丘の前に広がるサンゴ礁の海を眺めながら、豊岡さんがポツリと言った。ニライカナイ(常世「とこよ」の国=琉球)とアイヌモシリ(人間の静かな大地=北海道)とは地続きなんだ、とその時思った。アイヌ語に日本語の「自然」に該当する言葉はない。森羅万象(しんらばんしょう)…つまり、この宇宙に存在する一切のものをアイヌの人々は「カムイ」(神)と呼ぶのである。

 

 たとえばひとつ―。夕方にふと、風がやむ「夕凪(ゆうなぎ)」ことを「レラオヌマンイペ」(風の夕食)と表現する。解読すると「rera(レラ=風が)・ onuman (オヌマン=夕方に)・ipe(イペ=食事する)」となる。「そりゃ、ひっきりなしに飛び回っているんだもん。腹もペコペコになるべや」―。にやりと笑ったエカシ(長老)のしたり顔がまだ、記憶の底にこびりついている。「風」もまた当然、カムイである。

 

 “神の国”として知られる沖縄・久高島に伝わる秘祭「イザイホウ」と、アイヌ女性の「フッタレチュイ」(黒髪の踊り)を交差させながら、石牟礼さんは「魂ゆらぐ刻を」を閉じている。

 

 

(写真は黒髪を揺らしながら、舞台狭しと踊るアイヌ女性=インタ−ネット上に公開の写真から。「モシリ」の舞台とは関係ありません)

2018/04/05 09:54
ヒカリノミチ通信|増子義久

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